「夫婦で珈琲」の秘密

100グラム650円のコーヒー豆を買うようになった。

普段は1杯20円ぐらいのドリップコーヒーを飲んでいるが、たまには美味しいコーヒーを、豆から挽いて飲みたい。

そう言って、夫が電動コーヒーミルを買ったのはかなり以前のこと。

やっと、コーヒー豆を買って挽くようになった。

私が、友達に紹介してもらったコーヒー豆販売店で買ってくる。

 

そこで彼と一緒に飲もうと

私が淹れたてのコーヒーを用意して

テラスでゆっくり、

と思っても彼はテレビの画面を見ていることが多く

私はがっかりするやら腹を立てるやらが何回か続いた後

私はいいことを思いついた。

 

こいつはどうせ

コーヒーの味がわからないのだ。

淹れたてのコーヒーをゆったり味わう

という趣がわからないのだ。

 

私がコーヒーを立てているのを傍にいながら

全く見向きもしないのを良いことに

私は二人分を淹れているふりをして

自分だけ650円のコーヒーを淹れて

奴には今までと同じ

彼のまあまあお気に入りの濃いめのドリップバッグコーヒー1杯20円のを淹れてやることにした。

 

「ああ、美味しい」

私は淹れたてのコーヒーを

テラスに揺り椅子を出して飲む。

今日は雨が緑を洗って美しい。

 

彼はテレビ画面を見ながら

お愛想を言う。

「やっぱり豆の香りがいいね」

彼が私の横に座って一緒に飲まなくても

私が不機嫌にならなくなったので

彼もほっとしていることだろう。

 

 

 

 

I Am Malala 英語版を読み終えた。(最初に日本語版で読んで、次に英語版で読んだ)

 

    今回、感じたことは「私たちは恵まれている」ということ。

  「人権なんて本当には存在しないのだ」と、著書SapienceでYuval Noah Harariさんは言っていたけれど、パキスタンの人たちに比べれば、私たちはずっといい。爆撃や襲撃、公開処刑や暗殺に怯えながら暮らさなくていいのだから。彼らは「平和に暮らす」というもっとも基本的な人権が奪われている。(現在ではウクライナの人々が、ロシアの侵攻により、そのような目に遭っている)

 

   ロンドンに移住してからマララは「夜は出歩かない方がいい」と言われたけれど、それを聞いて笑える、と。だって、彼女がいたスワットでは、いつタリバンが襲ってくるかわからない状態だったから。みんなが交通ルールを守っているところも、感心していた。

 

   2012年10月9日、彼女はスクールバスの中に乗り込んできたタリバンに銃撃された。Who is Malala? と問う銃撃実行犯に答えてI am Malala. と彼女は答えたかったが、その前に撃たれた。

   襲撃直後に治療に当たったパキスタン医師の勇断や、その後、偶然パキスタンにいたイギリス人女医の尽力、その他医学界のみならず政治界、財界の著名人、さまざまな人たちの連携で、マララは命をとりとめたのみならず、目が見えて、耳が聞こえて、半身不随を免れ、笑顔を取り戻した。一時は顔の左反面が垂れ下がり、笑顔を作れない状態だった。

   

    世界中の人が彼女を応援している一方で、自国パキスタン人の中には彼女と彼女の家族の悪口を言う人たちもいるそうだ。自由で豊かな国へ彼女らが移住することができたから…。しかし、彼女たちは、本当は故郷に帰りたいのだ。彼女が住んでいたスワットという地域はパキスタンのスイスと呼ばれ観光地やスキー場として栄えた風光明媚な場所だ。

スワット渓谷 Swat valley in Pakistan

   彼女たちが愛する美しい故郷に帰れない(本を書いていた時点2013年で)理由は、タリバンパキスタン国内に横行しており、彼女と彼女の家族は命を狙われる危険があるからだ。パキスタン軍がタリバンをこの地域から一掃して平和は守られているというが、彼女や彼女の父親のように、自由や人権を求めて発言する人たちは、個人的にいつ、どこで狙われるか分からない。この本の中で彼女はパキスタン政府の批判もしている。ブット首相を襲撃した犯人もまだ捕まっていないのだ。

 

   彼女らが襲撃されるのは、イスラム教を軽視し西洋思想を広めようとしているからだとタリバンは主張する。

   しかしマララとその家族は敬虔なイスラム教徒である。熱心に神に祈りを捧げる。タリバンの「暴力・殺人・人権を奪う行為・女性が男性に従うべきという考え」などは全くコーランには書いていないと言う。ピストルを人の頭に当てて「イスラム教徒になれ」と命令するのは間違っている、イスラム教徒を増やしたければ自ら平和を愛するイスラム教徒になって手本を示してその信者を増やすべきだ、とマララは言う。

    彼女の母親が熱心に祈りを捧げる様子は、やはりその大元がキリスト教と同一なのだと、私には思われる。私は神に祈りを捧げない仏教徒だ。

   

    男女が分かれて行動するというアジアの習慣は、30年以上前にインドに行った時も強く感じ、私たち日本人もアジアの一員なんだと思ったものだけれど、今回もまたそれを感じた。私たち日本人は西洋の影響を強く受けていながらも、やはりまだアジアの一員なんだと感じる。いわゆる先進国でありながら、女性の地位がとても低いのも、そのせいだろうか。

 

    日本の識字率が高いのは良いことだ。

    パキスタン識字率は2021年で、59.1%うち男性71.1%、女性46.5%。

    アメリカでかつて奴隷にされていた黒人もそうだったけれど、字が読めないということは、弱い立場に置かれるということだ。権利を奪われてもそれに対抗する力が極端に弱くなる。

 

    人が、人を支配したいという欲求は、強い。

    そのために、支配したい相手に教育を与えない。

    相手が高度な知識を持とうとするとそれを阻止したがる。

 

    自分の支配欲を抑えることの出来る人の割合がどのくらいあるかで、その国が民主主義国家かどうか、その団体が民主的であるかどうかが、決まるのだと思う。

 

    真の意味で民主的(すべての人の人権がきちんと守られている)国や学校、組織、団体、家庭すら、この地球上ではまだ少ない。「進んだ星」からやって来た人々(生物)が、地球人の野蛮さや後進的な実態に驚いているという内容の「美しき緑の星」というフランス映画はなぜか上映禁止されたという。その自主上映が地元福井であったが、観に行くチャンスを逃した。

 

    「私たちは恵まれている」と書いたけれど、それは「比較的」であって「絶対的」ではない。

 

    英語の本と併せてオーディオブック朗読CDも聴いた。朗読している女性がアーチ―・パンジャビーというイギリスの女優だが、彼女のアクセントが、マララ本人ではないかと思わせるようなもので、よかった。調べてみたら父母がインド人で、そのルーツはパキスタンにあったそうだ。

    現在のマララがどんな様子なのか気になってネット検索した。

    英オックスフォード大学卒業後、2021年11月10日に24歳で、パキスタンクリケット協会の幹部を務めるアッセール・マリクさんと結婚した。なお2018年3月29日、銃撃後に初めてパキスタンに帰国した。銃撃後から約6年後だった。

 

#Pakistanパキスタン#タリバン#人権#女性の権利#教育

 

 


 

 

 

『サピエンス全史』を読んだ。I'd recommend you to read "Sapiens" by Yuval Noah Harari, if you haven't yet.

 

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1.この本を読んだきっかけ

    夫は退職してから3年、こんなに好きだったのか、と思うほど毎日何時間もリビングのソファにデンと居座り、テレビを見ている。テレビが嫌いな私にとってはストレスだ。

  

   しかし、時には興味を惹かれるテレビ番組もある。

 

   その日彼が見ていたのは、再放送を録画したもので、元々はBSで2019年1月1日(火)に放映された「“衝撃の書”が語る人類の未来」というものだ。

 『サピエンス全史』という本の内容を元に、そのテレビ番組は構成されていた。イスラエルのユヴァル・ノア・ハラリという若い歴史学者が書いた。

 「この本、買ってもいいな」と彼は言った。「家族で読もう」

   テレビより本が好きな私はすぐに反応した。

   買うと高いので、とりあえず図書館で借りることに。

 

    まずは上巻を借りてきて、いよいよ食卓で、中高生の子供たちを含めて家族4人で順に音読していきましょう、と私が張り切って読み始めたが、反応が鈍い。最初の数行で「なんか、本で読むとわかりにくいな」と夫が言った。子供たちも白けている。

 

   結局、私ひとりで読むことにした。

 

2.この本の一般的な概要

   夫がテレビで感動した部分は「農業革命が、人類を不幸な奴隷にした」という内容だった。ホモサピエンス7万年の歴史のうち、私たちはほとんど狩猟採集の生活をしてきて、農業が始まったのは、たった1万年前ということだ。それからサピエンスの人口は爆発的に増えたが、繁殖という数の上では「成功」とみられるかもしれないが、1個体として幸せになったかというと、そうではなさそうだ。狩猟採集生活より長時間働いて、得る食料は少ない。その上、不自然な姿勢をするため、腰を痛めるなど体調も不良となる。牛や豚、鶏などの家畜にしてもそうだ。数は増えたが、狭いところに閉じ込められ、生物としての自然な欲求を満たされない彼らは幸せではないだろう。また麦や稲から見ると、人間こそ家畜である。それらの穀物をこの世に繁栄させるために、朝から晩まで懸命に働く。

 

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   そのような、観点を替えて見る、という態度が「衝撃の書」と言われる所以だ。

 

   私が日本大学通信学部で習った歴史学もそうだった。先生方は、繰り返し、違う観点から歴史を見ることを奨励された。王や為政者、勝者の側からの視点だけではなく、庶民、奴隷、農民、敗者の側から見たら、どうだったのか。そこを考えよと強調された。この本が日本語で発刊されたのは2016年だ。歴史学の先生方はさっそく読まれたことだろう。

 

3.私が著者の見方、考え方にもっとも共感した部分

   さて、私が「これは」と思った点を紹介しよう。

   すべて「第19章『文明は人間を幸福にしたのか』」からの「幸せ」に関する叙述で、日本語版(河出書房新社)下巻の227ページ~239ページの6か所である。

 

1. 化学から見た幸福「学者のなかには、人間の生化学的特徴を、酷暑になろうと吹雪が来ようと室温を一定に保つ空調システムになぞらえる人もいる。状況によって、室温は一時的に変化するが、空調システムは必ず室温をもとの設定温度に戻すのだ」(227ページ)つまり、生化学的な幸福度が高く生まれついた人は、一時的に何らかの打撃を受けて落ち込むことはあってもじきに生来の陽気さを取り戻し、陰気な「設定温度」の人はどんなに恵まれた環境でも、幸運なことがあっても、幸せな気分は長持ちせず、いつもの低い設定温度に戻ってしまうということだ。なんでも人間が幸せを感じるのは、「神経やニューロンシナプス、さらにはセロトニンドーパミンオキシトシンのようなさまざまな生化学物質から成る複雑なシステムによって決定される」からだそうだ。

 

2. それに続いて、既婚者と独身者の「幸せ度」についても触れている。「既婚者が独身者や離婚した人たちよりも幸せであるのは事実だが、それは必ずしも結婚が幸福をもたらすことを意味しない」(228ページ)という。逆説的に、幸せな人が結婚できる、という説だ。「陽気な生化学的特性を持って生まれた人は、一般に幸せで満足している。そうした人々は配偶者として魅力的であり、その結果、結婚できる可能性も高い。逆に、彼らは離婚する可能性が低い。というのも、生活を共にするなら、幸せで満足している配偶者とのほうが、沈みがちで不満を抱えた配偶者とよりも、はるかに楽だからだ。-中略-生化学的特性のせいで陰鬱になりがちな独身者は、たとえ結婚したとしても、今より幸せになれるとはかぎらない

 

3. 人生の意義 だが「永続する幸福感は、セロトニンドーパミンオキシトシンからのみ生じる」とすれば、子育てはどうだ、と次に問う。ノーベル経済学賞を受賞したカーネマン氏の研究によると、「子育ては相当に不快な仕事であることが判明した」(232ページ)という。しかしながら多くの親が「子供こそ自分の幸福の一番の源泉であると断言する」「この発見は、幸福とは不快な時間を快い時間が上回ることではないのを立証している」それでは幸福とは何かと問えば、ニーチェの言葉を引用して「あなたに生きる理由があるのならば、どのような生き方にもたいてい耐えられる。有意義な人生は、困難のただ中にあってさえもきわめて満足のいくものと言われれば、自分がシングルマザーで苦労した子育て期を振り返って、納得できる。

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4. しかし、人生の意義は、人によって違う。人や時代によって何に意義があるか、というのは異なる。ハラリ氏が言うには「いかなるものもたんなる妄想にすぎない」。家庭の幸せ、富や名声、国家、芸術学問、死後の世界…。それでは「幸福は人生の意義についての個人的な妄想を、その時々の支配的な集団的妄想に一致させることなのかもしれない」「私個人のナラティブが周囲の人々のナラティブに沿うものであるかぎり、私は自分の人生には意義があると確信し、その確信に幸せを見出すことができる」と読者に投げかける。そして問う。幸福とはそんな「自己欺瞞あってのものなのだろうか」と。

 

5. 以上「幸福とは(快感であれ、意義であれ)ある種の主観的感情であると要約する。(235ページ)そして自由主義が「現代のもっとも支配的な宗教」なので、現代の人々は「自分が幸せであるか、不幸であるかは、本人がいちばんよくわかっていると考える傾向にある」という。しかし、これは「自由主義に特有の見方」で、「歴史上、大半の宗教やイデオロギーは、善や美、正義については、客観的尺度があると主張してきた。そして、凡人の感情や嗜好には信用を置いていなかったのだ」という。「宗教や哲学の多くは、幸福に対して自由主義とはまったく異なる探求方法をとってきた」と述べ、「なかでもとくに興味深いのが、仏教の立場だ。仏教はおそらく、人間の奉じる他のどんな信条と比べても、幸福の問題を重要視していると考えられる」とする。なので「科学界で仏教哲学とその瞑想の実践の双方に関心が高まっている」(237ページ)そうだ。

 キリスト教ユダヤ教そしてイスラム教などの一神教が交錯するイスラエルにあって、ハラリ氏が仏教に注目しているところが凄いと思った。

 

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6. ニューエイジと呼ばれる西洋の運動は「幸せかどうかは、外部の条件によって決まるのではない。心の中で何を感じるかによってのみ決まるのだ。富や地位のような外部の成果を追い求めるのをやめ、内なる感情に耳を傾けるべきなのだ」と説くが、それは生物学者の主張とは同じだが、ブッダの教えとは「ほぼ正反対だ」と喝破する。

幸福が外部の条件とは無関係であるという点については、ブッダも現代の生物学やニューエイジ運動と意見を同じくしていた。とはいえ、ブッダの洞察のうち、より重要性が高く、はるかに深遠なのは、真の幸福とは私たちの内なる感情とも無関係であるというものだ。事実、自分の感情に重きを置くほど、私たちはそうした感情をいっそう強く渇愛するようになり、苦しみも増す。ブッダが教え諭したのは、外部の成果の追求のみならず、内なる感情の追求もやめることだった」(239ページ)と高く仏教を評価している。

 

 この章の最後に著者ハラリ氏は、幸福について、歴史は言及してこなかったことを指摘する。「学者たちが幸福の歴史を研究し始めたのは、ほんの数年前のことで、現在私たちはまだ初期仮説を立てたり、適切な研究方法を模索したりしている段階にある」(240ページ)そうだ。「歴史書のほとんどは」人間が歴史上に成し得た業績が「各人の幸せや苦しみにどのような影響を与えたのかについては、何一つ言及していない。これは、人類の歴史理解にとって最大の欠落と言える。私たちは、この欠落を埋める努力を始めるべきだろう」と締めくくっている。

                                                                                            2020年12/11-27上下巻読了

『万引き家族』を観て(自宅のテレビ画面にて)

万引き家族』を観て、「完璧でない愛」について、私は思った。

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   「完璧でない愛」を私にくれた、イギリスのJ伯母さんのことを、思い出した。
J伯母さんは、25年前に別れた夫の伯母だ。

   

 

     彼女はロンドンの南にある海辺の観光地、ブライトンという町に住んでいた。ロンドンから日帰りで行ける、広くて明るいリゾート地である。ブライトンの海を臨む丘陵地に、裕福な人たちの住む一軒家が傾斜に沿って並んでいた。そのうちのひとつに、未亡人として、彼女は住んでいた。
    土地が傾斜しているので、車で行くと、道路からスロープを滑り降りるようにして、玄関に着く。全体が白っぽい家だ。玄関を入るとまず、温室のようになったポーチに籐の椅子が置いてある。リビングは南に面して広く、前面が芝生の庭だ。庭にはリンゴの木があった。イギリスのリンゴの実は小さい。日本で売っている姫リンゴというものに近い。伝統的なイギリスの家具でその家は満たされていた。猫足の椅子やテーブル、額に飾られた家族の写真や亡夫の絵。リビングの手前に小さなキッチンがあり、そこで食事を作ると、銀色のワゴンに乗せて、運んだ。

 

     『万引き家族』の住む貧乏な家とは違う。

 

      キッチンの脇に地下へ行く階段があった。その地下室が、元夫Sの部屋だった。土地が傾斜しているので、その地下室の南側は庭に面して窓があり、庭から見ると地下室は1階のようだった。

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     私がSと出会ったのは、ロンドンの北で、元ミュージシャンたちが共同生活をしている家だった。Sは、その北の家と、この南の伯母の家を行き来していた。彼はこの伯母のことをAuntie(アーンティ) Jと呼んでいた。伯母aunt の語尾にieをつけて、日本語でいうと、さしづめ「Jおばちゃん」か。

     J伯母さんは、夫を看取ってすぐに、実母をこの家で看取った、と言っていた。そして息つく暇もなく、私の元夫Sつまり彼女の甥を、その家で「預かった」そうだ。
もう30代で実年齢的には成人と呼べるSが、父親の姉に「預かられる」とはどういうことか。それは、彼の精神年齢が未発達だったからだ。

     私は初め、知らなかった。J伯母さんがSを預かることで、金銭を受け取っていたことを。Sの片足の膝下は変形していた。同じ個所を二度、その2回ともオートバイによる転倒で、複雑骨折を起こしていた。その障碍者としての保障金が、ジューン伯母さんのところに振り込まれていたのだ。

    

      この辺は少し、『万引き家族』に似ている。「おばあちゃん」は、孫の「あき」を引き取り、その養育費のようなものを、毎月、あきの両親から受け取っていたのだ。

    

       Sが私を連れて、初めてジューン伯母さんを訪ねたとき、彼女は十分に暖かく親切ではあったが、少し気取って、私を迎えてくれた。
私がNice to meet you.と言うと、それはダメよ、How do you do? と言いなさい、と訂正したのだ。
     イギリスのいわゆる中流階級の人たちの話し方だ。

    

      ここも、『万引き家族』の人たちとは、全然、違う。

    

     J伯母さんは、銀色の豊かな髪を緩やかに結い、青い目、長いつけまつ毛をして、体はふくよかで、いつもくるぶしまである長いドレスを着ていた。週に2回、白人のお手伝いさんが来ていた。彼女たちのことを、J伯母さんはmaid(メイド)と呼んだ。Sはそんな伯母のことを、階級意識が強すぎるのだと、批判していた。J伯母さんは「私にはもう以前のように収入がないから、彼女たちにたくさんは払えないけれど、彼女たちは引き続き、来てくれているのよ」と私に言った。今でも時々、母親のことを思い出すと寂しくなるのだ、とも私に言った。当時20代の私から見ると、老婆と呼べたこの婦人が、亡くなった母親のことを「マミー」と呼ぶことに内心、驚いた。
  「マミーが言ったのよ」
とJ伯母さんは、言った。
  「メイドを雇うのはね、話し相手にもなるからって」
     話し相手だけではない。第一死体発見者にも、彼女たちはなる。

     あれから何十年か後に、J伯母さんは、メイドさんのうちのひとりに、その孤独死を発見されたそうだ。

    

   『万引き家族』の「おばあちゃん」は孤独死ではなかった。その死を、彼女の疑似家族たちに看取られた。

 

     Sと私は当時数か月の交際期間を経て、結婚手続きをした。Sの元彼女も含めて、Sの友人たちの立会のもと、私たちはロンドンの市役所のようなところで届け出た。Sは泥酔していた。初老の役人は、少しひるんだ表情ながらも、自分の仕事を全うした。Sの家族親戚は誰も呼ばず、その届け出の後は、Sの元彼女のアパートで、酔っ払いたちのパーティがあった。

     あの時は泥酔して酷く後悔していると、SはJ伯母さんに言ったらしい。同情たっぷりに、慰めの言葉をかけられた。でも、「これからは正式に、あなたは私の家族よ」と彼女は私に両腕を広げて言った。

     しかし、この前後に、J伯母さんは、私たち両方を裏切っていた。

     私には「Sと結婚しても、あなたの国へは届け出をしなければいいわ」と言った。同じセリフを、Sの元彼女にも言われた。誰も、私がSと本気で結婚するなんて、信じていなかった。仕事もなく、家もない。裕福な両親とはそりが合わず、いつも貧乏。飲酒癖がある。言動が常軌を逸していることがしばしば。彼は自称詩人でアーティストだった。
     J伯母さんは、Sのことを「この家族の悲劇」と呼んだ。
     妻子を養う夫としては不十分だから、日本には届け出ないでおきなさいよ、という意味で、彼女は私に警告したのだ。
     私は彼の作る詩が美しいと思った、彼の卑屈でいやらしい行動とは裏腹に。みんなが、私が彼と結婚するのは、イギリス滞在のビザが欲しいだけの偽装結婚だと思っていた。私はそのみんなの勘違いを覆したくて、日本へも届け出をした。そして、最終的に連れ帰った。

     J伯母さんは、私たちの結婚の直前に、Sにはこう言っていた。
    「いつか、ちゃんとした白人の女の子を見つけて、結婚しなさい」と…。このことは、精神的に未熟なSが、私に伝えたのだ。
 
     それでも、彼女は私にいろいろと親切なことをしてくれた。結婚する前から、彼女の家に何度も泊めてくれた。ふわふわのベッドに、ひらひらの枕カバーがついている1階の可愛い部屋に。その時、シーツにイニシャルが刺繡してあるのを披露するのも忘れなかった。かつてはシーツを洗濯に出したというのが、中流階級の習わしだったことをほのめかした。フリルのついた寝具とともに彼女の若い時の写真を私に見せて「スカーレット・オハラにでもなったような気分に浸ったものよ」と私に言った。確かに写真の中の彼女はまるで女優のビビアン・リーのように美しかった。
     Sと私が北へ帰る時は、サンドイッチを作って持たせてくれた。私に、いろんな人々を紹介してくれた。彼女のこと、彼女の家族のこと、Sの小さかったときのことなどを話してくれた。ショッピングセンターへ彼女の運転で一緒に行って、日用品を買った。銀行にも一緒に行ってくれた。

    

     彼女と初めて会ってから、10か月ほど経っていただろうか。
     私がイギリスを去る時、彼女は泣きながら、カメラで私の写真を撮った。
     あの時の涙は、本物だった。

  

     『万引き家族』で、「父」が「息子」の乗ったバスを追って泣きそうになったのと同じように。あの「父」は、かつて「息子」を裏切って、逃げようとしていた。「息子」を拾ったのも偶然。車上狙いをしていて、車内から盗んだ物があるので、車内に子供が放置されていても通報できなかったからだ。かと言って、子供を見捨てて行くこともしなかった。

    

     

      狡さと優しさが同居する。
     …人間って、そういうものじゃないですか。

 

 

  『万引き家族』は、そういうことを訴えかける映画だと、私は思った。

   

  J伯母さんと、『万引き家族』の人たちは、住んでいる国も経済状態も、家族構成も違うけれど、似ているのだ。血のつながった家族に捨てられた経験も、共有している。J伯母さんは、完全に捨てられたわけではないが、父親には愛人がいて、妾宅の方にいる時間の方が長かった。私の実祖母と同じ境遇である。そのせいか、不思議に性格も似ていた。美しさを鼻にかけ、虚栄心が強く、階級意識が高い。私がJ伯母さんと仲良くやっていけたのは、そんな祖母に小さい時から接していて、そういう女性に慣れ親しんでいたせいかもしれない。

  この映画には、その他、多くのテーマが含まれている。たとえば行政の頼りなさなど、私にも覚えがある。しかし、今回、私は自分がもっとも深く感じたこのことを、書いておきたいと思った。

 

 

*現時点2020年2月27日は、2020年アカデミー賞作品賞受賞の韓国映画『パラサイト』に話題が集まっている。それに対して『万引き家族』は、第71回カンヌ国際映画祭の最高賞パルムドール賞を受賞した作品(2018年)。2019年アカデミー賞では、外国語映画賞に「ノミネート」された。
 
 ちなみに是枝監督は、私が卒業した都立武蔵高校の1学年上の先輩である。が、私は当時、彼のことをひとつも知らなかった。もちろん、彼も私のことは知らない。


#万引き家族 #是枝裕和監督 #人間って #狡さと優しさが同居する #是枝先輩 #東京都立武蔵高等学校

 

琵琶湖に昇る朝日      旅に出て 2020年1月

                                                                                    2020年1月20日~22日 ひとり旅②
 ふと顔を上げたときだった。
 黒い雲の隙間から、赤い陽が漏れていた。
 自分が座っているのとは反対の、左手の車窓から、見えた。
 左側に座っている人たちを見たが、誰も気づいていない。
 ほぼ全員がうつむいてスマホを見ている。
 「皆さん、朝日がきれいですよ」
 と声に出して言いたかったが、そこはこらえた。

 1月20日朝6時20分、福井発、京都方面行きのサンダーバード号に乗った車内で、それまで私は時刻表を一生懸命、見ていた。

  

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 目的地、四国までの行程を、ひと通り確認して、顔を上げた瞬間だった。
 時刻は7時20分ごろ、近江今津(おうみいまづ)を通過したころだ。
 もっとよく朝日を見ようと、私は立ち上がった。
 真っ赤な太陽は、雲の間から顔を出し、湖面に赤い陽が映った。
 なんて美しいのだろう。

 もう、我慢できない。

 左側の空いている席へ、移動した。
 その席の前に座っていた青年が、私の動きに気づいて、ちらと後ろを見るようなそぶりをしたが、すぐにスマホに目を戻した。

「お母さん、美味しいものを食べに行くのじゃなくて、何が楽しくて旅に出るの?」と次女が、私が旅立つ前に聞いた。
 あの時、うまく答えられなかったが、今、それに答えられる。
 
…こういう瞬間がね、好きなのよ。
 旅に出て、思いがけず、美しいものに出会ったとき…。

 朝日が美しく燃える時間はとても短い。
 あっという間に、陽は高く昇り、湖面は普通通りに戻る。

 スマホで撮っても、その感動は伝えられない。
 私は写真を撮るのが下手だ。
 
 後で、インターネットで探すと、琵琶湖に朝日が昇る様をきれいに撮った人がいた。それを、ここに載せる。あの車内にはいなかったけど、こうして、琵琶湖に昇る朝日に感動している人は、私以外にもいるのだ。

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https://blog.goo.ne.jp/5241065/e/3b366552133d74532955e0ee18ed79b4 より転写

 

 

 19歳のとき、初めてひとり旅に出た。
 あの時も、京都に向かっていた。
 秋の早朝、各駅停車の国領(こくりょう)駅まで歩いて行った。あのころ私は東京に住んでいた。電車賃を節約しようと、鈍行列車で京都まで行く計画を立てた。アンティークショップで買った、四角い牛革の旅行鞄を下げて…。国領駅まで、自宅から徒歩で20分かかった。バス代も節約しようとしたのか、朝早すぎて、まだバスが出ていなかったのか…。
 国領駅を出た電車が、新宿に近づき、高層ビルが立ち並ぶ景色に差し掛かったときのことだ。そのビルの谷間から、朝日が昇った。ビルの窓ガラスに赤い陽が映った。

 

 あの時と同じ感動を、56歳で味わった。

 

 #旅    #琵琶湖 #朝日 #時刻表

日本の未来は…         旅に出て 2020年1月

                       2020年1月20日~22日 ひとり旅①

 旅に出て、知らない町を歩いた。

 

 あれはいつのことだったろうか。
 あれはどの町だったろう。
 あの町も、この町と似ていた。
 日本の、どの町も似ている。
 私たちが住む町と…。

 日本の地方都市。
 駅の周辺の、シャッターが下りている商店街。
 少しでもにぎやかにしようと、シャッターに絵が描かれている。
 そこはかつて栄えていただろうと想像できるが故に、なお、うら寂しい。
 ガレリアという呼称がついている商店街。
 ガレリアとは、イタリア語で「屋根のある商店街や歩行者用道路」のことだ。
 一時期、どの地方でも、その言葉が使われたのだろう。
 ガレリア○○町。

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                    〈https://play-life.jp/plans/14247より転写〉

 

日本の人口減少が進んでいる。
世界でもっとも少子高齢化が進んでいる国と、言われている。
その実態を肌で感じた旅だった。

 

松本零士が描いた『銀河鉄道999』の未来世界と重なるような気がした。
富める者と貧しい者の二極化が進み、貧しい者は廃墟のようなところに住んでいるのだ。

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                         〈bing.com/imagesより転写〉
しばしば優れた作家は、未来を予期することができ、それを象徴するような物語を描く。

 

 

世界的には人口増加が進み、近い未来の食糧危機が叫ばれている。
ところが、日本をはじめとして、いわゆる先進国では人口の減少が進んでいる。

日本は、これからどうなって行くのだろう。

「日本の未来はwow,wow,wow,wow世界が羨むyeah,yeah,yeah,yeah」
という歌が20年前の西暦2000年に流行った。

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        〈https://nilisoku.jp/blog-entry-2157.htmlより転写〉

あのころは、そう見えたのだろうか。

 

世界の富豪、投資の神様と言われている、ジム・ロジャーズという人は『日本への警告』という本を書いた。(2019/7/20)
彼は「僕が10歳で日本に暮らしているとしたら、移住を考えるでしょう」と言った。
日本の未来は暗いというのだ。

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Amazonサイトより転写〉

 

 

私には、3人の子供とひとりの孫がいる。

彼らはこの先、どんな日本に直面するのだろうか。

 

人類の未来は明るくないから子供を持たない、という人たちがいる。
ある意味、賢明なのかもしれない。

 

日本の人口減少を少しでも食い止めるために、私は3人、子供を産んだ。
そう言って、平気な顔でいられるほど、おめでたい私ではない。

AI 人工知能ロボットが、労働力不足を補う?
外国人労働者を大量に受け入れる?

日本は、日本でなくなるのだろうか。

 

いや、今までにも、日本は変わってきた。
縄文時代から弥生時代に移る時、大陸から大勢の人たちがやってきた。
それまで住んでいた土着の人たちは、北海道や沖縄に追いやられたり、混血したりして、今の日本民族が形成された。
私たちは、その人たちの子孫だ。

私たちの子孫は、これから、どうやって生き延びてゆくのだろう。
日本は、世界は、地球は、どのように変わって行くのだろう。

計り知れない未来。
私の力の及ばない未来。

グレタ・トゥーンベリというスウェーデンの16歳の少女が、私たち大人を「許さない」と言っている。彼女たち若い世代に、環境問題の負債を残す私たちのことを。

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                         〈bing.com/imagesより転写〉


 

 厳しい現実を、肌で感じた旅だった。

 

 私には、何が出来るのだろう。

 

 希望は捨てたくない、と思った。

 

 #日本 #日本の未来 #世界 #地球 #人口 #少子高齢化 #環境 #銀河鉄道999    #グレタ・トゥーンベリ #日本への警告 #ジム・ロジャーズ

ミシェル・オバマの『マイ・ストーリー』原題 “Becoming” by Michelle Obama

   

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       ミシェル・オバマの『マイ・ストーリー』原題 “Becoming” by Michelle Obamaを読んだ。正確に言うと、読んだのは図書館で借りた日本語版で、英語では読まずに、聴いた。ミシェル・オバマ自身の朗読で、オーディオブック(朗読CD)でだ。原書はアマゾンで値段が高かったので、買わなかった。

      

       内容は大きく3部に分かれていて、

      1.Becoming Me「私になる」

  2.Becoming Us「私たちになる」    

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   3.Becoming More「それ以上になる」


      

       1部は、幼少のころから、成人するまでのミシェルの生い立ち。2部はオバマと出会い、結婚して家庭を作り『私』から『私たち』になる部分。そして3部は、普通の人では経験できない大統領一家という公人としての物語だ。(渡辺由佳里という人のレビューにこの本の全容がとても上手に書かれています)
     

        私がもっとも共感を覚えたのは、2部で、自分の夢や計画を持っていたのに、結婚によってそれが大きく変わってしまったこと。

  不妊治療で苦労をするのは自分ばかりで、夫の生活はほとんど変わらない悔しさを表明するところ。でも、いったん妊娠すると、それが報われる、母となる喜びも描かれている。

  とても素敵なパートナーのオバマではあるが、普通の夫婦に必ずと言っていいほど訪れる倦怠期、もしくは崩壊寸前のお互いが理解し合えない時期もあり、夫婦カウンセリングを受けたこと。

  しかし一貫して、妻が家庭(子育て)を支える負担が大きく、自分のキャリアを全うできない悔しさは、痛いほど、共感できた。(私はミシェル・オバマさんほど有能では全くないが、そういう問題ではなく、機会の男女差の問題として) 

  また、家事・育児・仕事の合間を縫って、車の中でランチを済ます自分を褒め称える彼女と、自分(かつてであれ現在であれ)を重ねて「最高!」と激しく共感する女性は多いと思う。


      それから、黒人であるということ。自分の祖先は「かつて奴隷であった」と言うくだりがある。それを言うとき、どんな心情だろうかと、思った。  

  この本を書いた大きな理由は、マイノリティを励ますためだ。自分のような、黒人でも、女性でも、家庭的に特に恵まれていなくても、できることがある、チャンスはある、諦めないで、という呼びかけだ。   
  

  またミシェル・オバマさんは描写力が素晴らしく、文才があると思った。   

 

  日本語版の本は比較的、すらすらと読み終えたが、オーディオブックは時間がかかった。車のオーディオセットに録音して、運転するときに聴いたのだが、最近は運転する機会が減ったせいもある。 
  まあ、そもそも、長い物語ではある。  

  

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   たまたま、この本を読む前に読んでいたのが、Chinua Achebe チヌア・アチェベ著Things Fall Apart 『崩れゆく絆』で、こちらはアフリカに白人が奴隷狩りに来始めたころの話だ。こちらも読みごたえがあった。
   

   その中間地点として私はハーパー・リーHarper Leeによる『アラバマ物語To Kill a Mockingbirdとその続編『さあ、見張りを立てよ』Go Set a Watchman も読んでいる。

   

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   黒人問題に自分が惹かれるのは、女性という同じ被差別者としての思いがあるからかもしれない。

 

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